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昨日、質問してたんですが間違って消してしまったため

再度、質問させてもらいます。

高杉晋作の妻は、防長一と言われた美人らしいですが
高杉の死後、再婚話などなかったんでしょうか?
子供がいたそうですが、当時は婚家を去り再婚・・とは、ならなかったんでしょうか?
6歳差なので、高杉が亡くなった時は、21歳。
まだ若く、美人なら、話が沢山あるのでは?と思うんですけど・・

愛人・おうのが「高杉の死後、浮名を流し高杉の名を汚したら困る」と、長州の志士から
無理やり尼にさせられた・・と聞いたこともあるんで、その観点か
妻・雅も、再婚はご法度!!的な、感じだったんでしょうか?

高杉のお雅への手紙を読むと、「自分が死んでも再婚はせず、家を守るように」とあります。
だからお雅は高杉の遺言を守ったことが再婚しなかった理由として挙げられます。

それから高杉は維新の立役者となりましたけど、維新というのは士族の特権を剥奪することでもありました。だから当初高杉は士族からはものすごく嫌われていたのです。彼の姪っ子は地元では嫁の貰い手がなかったということからもわかります
それを考えると、お雅にも「高杉の元妻」ということで再婚話があった。。。とはちょっと考えにくいですね。

で、当時は同じ身分の者同士しか結婚できなかった。
お雅は士族だから士族としか再婚できない。しかし前述のとおりその士族が高杉を嫌っていたので再婚の線はなくなりました。
一方、うのは芸者です。農民と結婚もできます。農民にとっては高杉は英雄でした。それを考えると「高杉の愛人を妻としたい」という者も多くでてくることが考えられます。その点から山県達は、うのが再婚することをおそれ、尼にした。。。ということではないでしょうか。

ちなみに高杉さんが藩主から頂いた「谷」家は、愛人のうのが相続しています。
(うのの明治時代の戸籍は「谷」姓です)
高杉家は、お雅の息子東一が相続しています

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